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神様のカルテ

 お久しぶりです。
もうグダグダ言うのナシでいきましょう。
はい、私の更新率なんてこんなもんですよーっと。



先週ですね、やっと神様のカルテを見てきました。
ちょうど、嵐さんの記念日に合わせて。
という訳で、以下感想をば少し。
 


これは、演出がよかったのかなぁ。
翔さん、とても素敵な作品とご縁があったようでよかったです。
一止先生の髪型を最初見たときは
”…ナシでしょ、これ。”
とか思ってしまいましたが。
私的には、翔さんが出演した映像関係(ドラマや映画)では
かなり上位に入りますね。

原作のイチさんではないけれど。
櫻井翔の演じるイチさんとして、きちんと成り立っていたのではないかな
と思います。


”救っても救っても、手の間から命が零れ落ちていく”
といったようなセリフがありましたが。
本当に難しい問題だなぁと思いますね。
すごく考えさせられました。
というか、自分の経験と重なる部分というか、
思い出して考えてしまうところがあって
号泣してしまいました。


映画の中に、家族の到着を待つため心臓マッサージを繰り返し、
最終的には肋骨が全て折れてしまった、
本当にこれが正解なのだろうか?というシーンがありました。

私の祖母は、筋肉がどんどん動かなくなっていって
最終的には呼吸のための筋肉も動かなくなっていってしまって
死に到る。
そういった病を、晩年患いました。
少しでも長く生きるために、私の親戚たちは
祖母に人工呼吸器をつけることを選択しました。
でも、果たしてそれが本当に祖母にとって幸せだったのか。
私はその選択が正しかったのか自信がありません。
入院生活の中で、認知症も発症した祖母。
人工呼吸器で生きていることが
本当にその人が生きていることとイコールなのか。
正直、答えが見つかりません。

また、医療の在り方という点でもですね。
助からない患者は見捨てるのか。
遺族のケアは?
私は残念ながら医療について詳しいわけでもなく、
また将来医療に携わる職業につく予定もないので
現場ではそんなことは通用しないといわれてしまえば
それまでです。
でも、もし医療に携わっている方、携わる予定の方が
これを読んでくださったなら、少しでも余命少ない患者や
残される家族のことも考えてくださるといいなと思います。

私は、元気だった頃の祖母の記憶しかありません。
病気を患いやせ細った祖母を見ることも、
認知症を発症し私のことを忘れてしまった祖母に会うのも
悲しくて怖くて、距離を理由にお見舞いに行けませんでした。
習い事の発表会が重なってしまい、
受験のため私が出れる最後の発表会であることと
”おばあちゃんも許してくれるよ。”の親戚の言葉で
お通夜も出れませんでした。
やせ細り、人工呼吸器などで傷ついた祖母に会うことが
最後まで出来なかったんです。

今でも、考えるだけで涙が出てきます。
私は逃げたんじゃないかと。
あの時、たとえ何も話せなくても
私のことがわからなくっても
会うべきだったのではないかと。
お通夜が最後の機会であったのに、と。
私が大好きな優しい祖母は、多分許してくれてると思います。
でも私にとって後悔はたくさんある。
どういう状態なのか、きちんと話してくれる大人が
私の周りにはいませんでした。
どうか、劇中のように”余命わずかだから残りの人生を楽しんでください”
と安易に言い放つようなことはしないで下さい。
遺族に、延命治療がどういうものなのか、きちんと
悪い点を含め正しいことを教えてあげて下さい。
きちんと理解したうえで、選択ができるように。

翔さんが出ているからこそ、
こういったことに興味がなかった人も
これを見て考える機会が出来たと思います。
そういう意味では、翔さんがこの作品に出演して
本当によかったなと思いました。
| 翔クンゴト♪ | 22:02 | comments(0) | - | - | - |

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